日本人&中国人ウォチング、富の代償




   日本人の持つ錯覚と思い込み、中国人の持つ錯覚と思い込 み。

日本は本当に先進国か?

   北京で留学 生 や中国人が持っている携帯電話は、日本のメーカーの製品はほぼ皆無に近い。ときおりアメリカ人が「ソニーエリクソン」を持っていたりするが、それは特異な ケー ス。 ほとんど、見るのは「ノキア」か「モトローラ」製。日本のマスコミなどでは日本の携帯電話世界最高水準の機能」とは言っているが、海外では通用していないような状況にある。 通信様式が日本国内で しか通用しない。そんな閉鎖的な通信方式や料金制度を後生大事にしている日本の通信会社、そして機器メーカーが本当に世界に通用するのか、 日本企業の将来 が心配に なってくる。

   日本の携帯端末メーカーは、携帯電話通信会社(キャリア)からの水平型のリベートに甘んじて、世界的な市場占有率においてもぶざまな状態になってい る。中国国内を携 帯 電話を 持って旅行すると、びっくりしてしまことが頻繁に有る。山の中の人里離れた処にもかかわらず、携帯に表示された受信強度を示すマーカーの「柱」が、5本 ピョコン と立ちっ 放しになっているのだ。「なんだこれは!」と携帯電話のサービス圏の、あまりの広さと充実にじつに驚いてしまう。

    また旅行などで、携帯を持ち「あ る地域」から別の「地域」に移動しその管理圏内に入ると、「何 処々 にようこそ!お客様の楽しい旅行をお手伝いします。」みたいな単信メールが必ず入電してくる。日本での「だんまり」よりは、挨拶メールでも受信し「ほう、そうか!も う着 いた か!」と気分良 くなった方がいい。どこでも「SIMカード」も簡単に買えて変えられ、通信料金も安いし料金のチャージも確認も簡単。ただ、3ケ月まったく(外国出国など で)携帯を使ってないと「SIMカード」に登録の電話番号は使用不能になり、新たに「SIMカード」を買い直し新しい番号になるのが、たまに傷。ま あ、 ユーザー数多い中国、合理的と言えば合理的。その際は記憶されている電話帳リストを、手作業で移す必要がある。もちろんその電話番号の為に入れてたチャー ジ残金有れば全てパーになる。

   中国人の学生もまた、携 帯電話を「字確認のための辞書」や 「MP3プレーヤー」、「メールとチャットの端末」や「デジカメ兼ゲーム端末」にと、日本と大差の無い使い方をしている。

   テレビもデジタル衛星化が進み都市から離れると、田舎の人里はなれたぼろ家 の屋根にも、白く光った大きい直径1.5メートル近いパラボラが上がり、数多くのチャンネルがある衛星テレビも見られる。北京のほとんどのバスの車内など で は、画面にもチラツキの ない、「ビデオかな」と見まちがうようにデジタルの実放送映像が液晶テレビに映し出されている。FMラジオはノイズ無しでCD並の音質で聴くこともでき る。

   海外留学生は当 然として、中国人学生たちの、彼等の持つ携帯もかなりの高性高機能で、ノートパソコンを持っている学生も数多い。「WindowsXP」から「Vista」まで、北京でも日本と大 差無い価格で用意に買える。大学の各教室には 「WindowsXP」のパソコンがそれぞれ設置され、大きな図書館には数多いパソコンがあり常に学生で満杯だ。あぶれた学生は近くの数多いネットカフェ で、夜中までネットサーフィンをやりまくり常に満 杯。

   いろいろ見てくると、どうもマスコミの「世界最高水準」の言葉が、日本人に「錯覚と思い込み」を植え付けさせる原因になっている、と思えて なら ない。マスコ ミはどんな意識を 持って話しているのか、伝え方に問題があるような気がす る。報道されていないマスコミでは無視され取り上げられない、日本にいては知る事のできない事も直接目にする。

    日本は確かに、電気やガスや水道、そして下水などのインフラ資源事情は、世界的にも良く。また、廃棄物処理や環境汚染への対応も、確かに 進んでいる先進国と言える部類に入るであろう。
  しかし、
欧米や旧ソ連などから来た留学生から聴く生活、彼等 の携帯している機器類、お金の使い方などの余裕。それに対し「これはいったい何んだ」と思ってしまう。特に北京にいる留学生達の話を聞くと、旧ソ連圏に関しては特に「彼等の生活は結構豊 かなんだな」 と肌で感じるのだ。

   旧 ソ連の国々でのオイ ルマネーでの豊かな彼等の国々のようすを 聞いてから、考えが一変してしまったカザフスタンから来た留学生の 話によると。20代の若者で、一人で車の2,3台を持つのは普通だそうだ。5台程度 もめずらしくはないとの話だ。日本にいると「カザフスタン」ってどこだっけ。そんな感じで「豊かな国」のイメージはまったくない。

    中国人にしたっ て、どこでだって 小型のデジタルビデオカメラを持ち、デジタルカメラを持ち、高機能の携帯電話をだれもが持ち歩き、乗用車で大学に出勤して来る若い先生もいる。リゾート地 に遊びに出たら出たで、こっちはバスだというのに、マイカーで渋滞状態。フィルムカメラなんてもう、まったく見かけない、すべてデジタルの 中国人だ。「日 本人は、そんなに 豊か だったり、先端を行っているのか?」 と感じられることが毎日のようにある。

   一方で、中国人の 側から見ると「日本は豊かで、先端技術を持ち、お金や収入も豊富にある」と今でも思い込んでいる人々がけっこう多い。年間収入と生活支出から見れば、中国では生活レベ ルにおいて選択の幅が広くとれ、その分自由度は有るはず、とわたしには感じるのだが。彼等に対し、ただ単純に「隣 の畑は良く見えているんだろう!」と思い込んでいたところもあった。
  彼等もまた気付かないうちに日本人と同じようなものを手に入れたし、一方で逆に日本人も 気付かないうちに「過去の繁栄の優越感」だけを引きずるようになってしまった。自分自身を見ても日増しにそれを感じるのだが、実にこっけいである。

   北京市内の留学した大学の近所でマンションを買おうとすると、一平米3 万元(45万円)以上で100平米程度でも5000万円はする(大 学の主任 先生クラスの年収でいうと100倍?)という。「うへっ!高いな!」と思ってしまう。友人(中国人の投資会社経営者)に誘われ、食事をする。ふだんの 食事だという豪 勢な食事を、色々と感じつつ食べている私に、彼等は気付いていない。中国人自身そんな風に感じている日本人が居ることすら知らなくて、「豊かな日 本」を思い描いている。日本人から見ると中国人の日本に対しての、 「錯覚と思い込み」をこっけいに笑えてしまう。そして彼等と同じように「錯覚していた自分」にも、また一種奇妙な感覚で笑えてしまうのだ。



   広大な中国や雑多な中国人を「一把ひと絡 げ」で定義付け
         しようとする、小さな国の日本人の大きな間違い、と勘違い。


日本人は安直に「中国ってどんな?」と、一つ で定義し聞きたがるクセがどこかに無いですか?

  日本人 は 他の外国に対してもそうだが、「中国ってどんな国?」、「中国人ってどんな人達?」と簡単に聞くくせが染み込んでいる。特に大きい中国を一口で表現しよう とすると、人種もさまざま、習慣や個性も雑多で。やる こと成すこと違っていて、「何んでも有り」の国、だから難しい。それが中国に対するわたしの感想だ。

  だから、「毒入 り ギョウザ事件」でも、ろ くに裏付けの確固たるデータもない内から、中国での毒物混入の可能性が「極めて低い」などとする、中国公安省の発言も出てくるように、理に 叶わない事でも平気で言うような国民性 が ある。

  調査の進行状況について「わが省は事件をきわめて重視しており、全力で事実解明に当たっている」と 説明し、製造元である石家荘市の天洋食品の工場についても「これまで正常に作業をしており、工場内の衛生管理や原料の残留農薬の問題はなかった」としてい る。これは食 の安全の問 題ではなく、何者かが毒物を混入した個別の事件であることを強調。その上で「中国側で何らかの問題が発生した可能性はなかった」と結論づけている。「一歩 でも引いたら負け」が中国流である。

  まぁ、中国側で日本人の特性を知ってか知らずか、原因もはっきりさせない勝手な国からの製品を、今後も無条件に買うなどと考える日本人は、まず、いな いと言えることをしっかり肝に入れるべきだ。ちょっと軽く考えてる帰来がある。日本人は自分の国のことより先に、自分の体のことを先に考える。戦争の敗戦 「結局、国というのは国民を守るより先に、国家を守る事だけ考える」その経験がそうさせたのだと私は思う。「国民を真に守ること無くして、愛国を求めることなかれ」である。

  北京五輪の聖火リレーへの妨害を防ぐため、各地の中国大使館側が旅費までも負担するなどしていた事について、「中国大使館が費用を 負担して現地の中国人を動員しているのか」という記者からの質問に対しても、関係副報道局長は「そのような質問をして、どんな意味があるのか」と明言を避 けたというのも、中国流である。だいたい国家が費用を負担しバスまでチャーターしてまでも参加させるとは。他国に入って活動するのなどは、自分の国中国で は留学生などに禁止しておくくせに、勝手な中国という国のエゴイズムはなはだしい。

  また、その誘導に勧誘され参加に乗るなんぞは、いくら五輪とは言え、も とはチベット族への人権を無視した、「独立を口実」にした権 力的殺傷問題が原因なのであるから、参加する人間の資質としても「愛国に惑 わされた」、低レベルで、世界のどの 国にもほとんど見られない異常と言える行動だ。

  共産党独裁政権での典型的な末期現象とも言えるのだろうか。記者の調査取材での事実に対して、先進国には到 底「入るべき 価値の無い」、質の悪いとぼけた回答であると言える。また、国の先導に乗った留学生や在留中国人がいたという事も、乗る方も乗る方で「脳みその後進性」を 示していると言える。国の先導や組織の先導に乗りやすい、ヒステリックにな りやすい、過剰反応しやすい国民性があることが、「文化大革命」の時に起きた多 くの「負の部分」を生み出したという事に早く気付いてほしいし、その過去の経験が生かされてないのが残念である。以前にあった国際サッカー 試合での中国人 サポーターの、国際性の無い体たらくな応援問題も記憶に新しいだろう。

  台 湾の「中華民国国家」を歌ったがために、「反愛国歌手」のレッテルを貼られる「アーメイ(張恵妹)」などのように「反愛国」の同国民がいると「全体主義思想」 という、危険な「愛国中華思想」が「ヒステリック」に頭角をあらわす。非常に「危険思想」な中国人漢民族が露呈してくる。同じ各方面での過 ちを、再び犯す危険性を含んでいることを自覚する必要がある。まっ たくあの「文化大革命」での精神性 から根本的に抜け出ていない頭の中がまったく進歩して いないということが残念でならない。

  中国という国を例えて言うならば、こんな感じである。箱にぎっちりと、目いっぱいにつめて入れた「うずらの卵」のような所と言った らよいのか。??  最初に割れた卵が負けであり、どれか割れるまでは嘘でも首をたてに振 らないのが、否を認めないのが中国人の特性と言える。割れても更に理屈を並べたてるのもまた中国人である。あたりかまわずまるで「けんか」でもしているか ように、バスの中であれ地下鉄の中であれ、店の中であれ、大声で話をし主張し、また電話をするのも中国人の特徴である。彼等にしてみれば、それが普通で自 然な行為である。

  一方、日本人は外聞を気にして、聞かれても良い大した事でもないのに、「ひそひそ」と話すのが多く、非常に対照的である。






   日本人の求める便利さ、安さと、見た目 と、 ブランド、のその果ては。


日本人は安直な便利さや安さを求めてはいない か?

  便利さ は ある程度は必要である。しかし必要以上の便利さを求めると、引き換えに大事なものを失うことも、忘れてはならない。さいきん日本人は、その「必要以上の領域に入ってしまったのでは?」 という印 象がぬぐえない。安直に求める人間が多すぎて来た。便利さを求めたあげく、手も不器用になり、頭も鈍くなったのか「恥じ」の概念にも鈍くなり、人間の本質 の 五感すら鈍くなったか、と思う日本人に時折出食わす。自分もそうなってないか、自己チェックに心がけてはいるのだが。

  また見方を変え「そんなに目立ちたいか!うけたいか!」、一人では何んにも動けず「そんなにつるんでいたいか!」、「そんなに仲間の中に自分を置いて しか、己の 心の安定 が保てないか!」、などと感じる日本人も多くなって来た。学校内や職場での「無視」いじめ。そんなのは私に言わせれば、実に「屁」にもならない事なのに、 「心身が不安定になるのはなぜ?」と、ふしぎでならない。

  日 本人は不便や苦痛や困難な環境が、育つ環境の中に少なくなり、なに不自由なく便利に幸せに育ったせいか。そんな環境がストレス強度の低い軟弱精神を作りつつあるのか。

  時に不真面目」や「無責任」が、多くはびこっているというのに、理不尽 な 要求に対しては「凛として」拒否もできず、のみこまれ、流され悩む。己を捨て身にさせ、開き直り。「何とかなるさ!」と楽天的になれ ない のはなぜ?

  安いからと「100円ショップ」が繁盛する顧客心理も考えてみたりする。「リサイクルや環境保護」と一方で言いながら、 実態のともなわない「使い 捨て」感覚。「100円ショップ品」の持っている、「物を見る眼力を劣化させる作用」や、「安直な商品選びが起こす鈍感化作用」は軽視はできない。これは 重要な生きる要素 である。

  その結果は、「物は見えない」くせにブランドにたよるしか、物を選択するすべを持たない感覚の人間をつくる。それは更に、顧客の異常 な要求へと変質してくる。産地ブランドを要求するようになり、印刷された賞味期限にたよる結果、「産地偽装」や「賞味期限偽装」するはめになる業者を誘発 する。

  原因が自分達消費者 のせいだ、との「消費者自身」の意識も無い。「業者の責任だけ」と思い込ませたいのか、マスコミも含めた勝手な言動をしている。実にくだらん。

  安直により安い 物、きれい で見た目が良くて、ブランドやネームバリューの物を求めたら、そんな結果が出てくるのはあたりまえだ。元凶は消費者の「見た目思考」、「ブランド信仰病」 や 「賞味期限 病」などの「飽食社会病」ではなのか?

  その結果 「オレオレ詐欺」に簡単にひっかかる感覚を生み出す。「もうかります。絶対損はさせません。」、「元本保証します。」、「あなたは特別に選ばれました。」という甘い言葉にまんまと 乗る。疑 問を一瞬は持っても、ついつい、流される。心の中の「欲」、「常識」、「感覚のにぶさ」をもっと自覚すべき日本人が増えた。もっと賢くなる必要がある。

  < <海外での行動の鉄則>>  @「向こうから声かける者は最後まで疑う」、A「決め付けや先入観は捨て去る」、B「身辺に高感度備えと冷静沈着に常識を保つ」、C「ス キ無く行動敏速に感 覚鋭く対応明確に」

  中国に来 ても「日本での生活や感覚の延長」そのままの日本人がほとんどだ。「態度対応が曖昧」で「感覚行動がスキだらけ」。海外に出たからには、 「その社会の持つ特性や行動に、自分を変えて置いてみ る」それが、「せっかく海外に出た意味」だとわたしには思えるのだが。どうも普通の日本人はそうでないようだ。






   中国で建設されている「張子の虎」的な建 物の現実。


中国の建築ラッシュ、こんな構造で「唐山地 震」規模の地震に大丈夫か?

  中 国で建設される巨大ビルを、建てられる過程を毎日じっと見ている と実に「危険」 を感じてしまう。あまりに建物の基本的な構造部分が貧弱だからだ。毎日じっくり観察していると素人目にでもはっきりわかる。日本の 建てられ方と比 べると、 「耐震基準や建築基準法がほんとうに有るのか?」と非常に気になる。これは建物だけでなく、北京のあちこちの地下鉄の駅工事現場においてもそうだ。

  柱の構造が実に危なっかしい。一見すると柱は太そうに見えるが、実は鉄 筋の入ったコンクリートが流入され固まった部分は非常に細い細 いその柱部分の 周りを二重三重にコンクリートブロックや時には赤土レンガで囲み太くしている。その積み上げブロックの表面を「手こねコンクリート」で固めてある。現場での作業員の作った「手こねコ ンクリート」が大きな建築物でも、一般的に用いられるので、コンクリートの質もあまり良くない。パウダー状の赤土が多く混じった土の様な「砂」を用い、日本で見るような「砂」とはほど遠い質の悪い材料だ。

  地方出の身なりも 技術 も低い作業員が、その辺の掘り起こしたり、崩したりした土や瓦礫を使ったりもしている。鉄筋材であっても時折、その辺の使い捨てたサビ材料を使っているの も目にする。作業員の作業内容の質はほとんど管理されているとは言い難い。ビル建設があんなにあちことで進められているというのに、生コンクリートミキ サーを見かけることが、建設数の割には非常に少ない。

  日本での建築現場に出 入りする、生コンクリートミキサー車やダンプカーの数に比べて、北京での現場では、ほんとうに少ない。頻繁に現場では「手こねコンクリート」を、作業員が作る現場を目にする。生コ ンを使う量が非常に少ないと想像できる。生コンを流し込み固まった柱を見ると、流れの悪い跡や隙間やひび割れも多く見られ、日本でのそれ とはまったく異なり、光沢(艶)も悪く脆さを感じる仕上がりである。日本の一般住宅のコンクリート色や状態の方がはるかに良いと言える。





  この上の写真は「コンクリートブロック囲い柱」がどのように「見場」を豪華にしたか、比 較した写真である。「石板」で囲むと外観上は非常に豪華に重厚に見える。太い柱の中がコンクリートブロックでその表面を覆い、鉄筋の柱部分が細い何んてい うのはまったく分らない。





  実際は鉄筋部の細い柱のその上部には突き出た状態で、更に10階が 上に 乗っかっている中空構造。中国では一般的に多く見られる方式。床部分が「下 の写真」のように棚状に、出っ張った状態にもともとなっている。それに外側を サッシ材と窓材で覆い「石板」を貼り付け作られる。内側の壁にはコンクリー トブロックを積み重ね作った壁が見えるだろうが、中には鉄筋は入っていない。鉄筋の入った日本のブロック塀の方がはるかにマシな構造になっ ている。日本ではこのような壁には「コンクリート板」を使ったり、初めから生コンを流し強度壁にすることが多い。






  この建物の柱も、鉄筋の入ったコンクリートを流し込み作られた部分 の周りに、柱の太さが1.5倍から1.8倍程度になるように、その周りをコンクリートブロックを積み重ねて囲んだ構造になっています。時には土レンガで組 んだ建物もあり、もちろん鉄筋などもなく、構造体自身には強度構造は持っていません。建物としての耐震構造はあまり考慮されてはなく、「震度5から6」程 度で崩壊する危険もあり、外見に惑わされますが資産価値はかなり低いと 言えます。

  建物の外側部分には床部分が張り出し、その外側にサッシ材でアングルを組み窓構造を作ります。まさに「鳥かご」的な外側になり、その最外部に1メート ル角厚さ2センチ程度の石のタイル石板を全面に貼り(点付けでの接着)、豪 華さや威厳さを演出します。時には全面ガラス貼り構造で未来都市的な一見モダンな外観を演出します。すべてこれは演出であって、中味は外見 とは程遠く、かなりひどい雑な建物がほとんどと言っていい程、林立しているのが北京といえるでしょう。

  これは自分のこの足でまわって調査した都市すべてが そんな状態だった。石のタイルは所々を点付け接着剤で固定する方法で、石のタイルの隙間は目止めは無かったり、有っても貧弱で経年劣化で剥がれ落ちる危険性が大きい。中国の建築物はほとんど外観は 石タイル板で覆われているので、外観はたいそう豪華で重厚である。しかし厚さ2センチ程の石板の内側は、「手こねコンクリート」で止めたコンクリートブ ロックやレンガブロックの表面に、直接、接着剤で接着するか、接着用金属アングルを設け、それに貼り付けるかして固定している。あんな重い「石板」を点付けの接着剤で固定しているのは、経年劣化を考えれば危険この上無 い。

  日本の場合、ビルなどの外壁材は、コンクリート板を柱のレール状の部分に、差込む強度壁構造が多いが、中国ではコンクリート板は見かけない。ほとんど が赤土レンガを積み重ね「手こねコンクリート」で接着固定させている。 したがって鉄筋も何も無いので耐震性は非常に低いと言える。北京市内や天津、塘沽の経済技術開発区を調査したが、どこも同様の建物構造上の問題が見られ た。





   中国で毎日放送される「軍事放送」の現 状と、「抗日」施設と教育。


過去の日本の「侵略」を取り上げ、「中華民族 思想」を高揚させ、    
毎日の「軍事放送」で、国民を守っていることをアッピールし、軍力増強を正当化


   中 国では、CCTVの放送番組の中には、毎日の夕方ゴールデンタイムには 「軍事放送」関連が30分以上は放送されている。抗 日戦争当時の抗日戦士や、戦争経験者の苦労や抗日時の話を、インタビューし番組を構成し ている。また、中国の侵略されている当時の映像を、思い出させるように番組構成し、世界の軍事の緊迫状況を映像で生々しく放映し、「中国も、だから強大な 軍備が必要なんだ」と国民に正当性を訴えるかのように放映し ている。この、しつこいくらいに、毎日繰り返される「軍事放送」を見て、国民は毎日「強大な軍事に守られた中華思想中国」を頭に焼き付けられているのであ る。





  上コピーは中国の小学校五年生の国語の教科書。今もなおこのような 抗日 戦争の当時を教育の一環として現存しており、その教育の中で育った若者は中 華思想や愛国ナショナリズム意識が特に強い。内容は抗日の時期に「抗日教本」を家でクラスの4人で読んでいたら「仇敵が来た、仇敵が来た」 と言う声で、 大樹の下に「抗日教本」を埋めた。仇敵が遠くへ去ったのでまた取り出し続けて学習した。という内容である。歴史の教科書ではない。言葉を教える国語の教 科書なら、題材はいくらでも他に有るはずなのに、わざわざ「抗日」をそこに持ってくるその意図を逆に推測してしまう。日本に対する歴史教科書問題を言う一 方で、自国 民に対しては今だ にこんな内 容を教育の中に入れ込む「中国」とは、「いったい何だ、ふざけるな!」と言いたくなる。

  共産党独裁政権は、各種の国民の不満のはげ口、つまりガスぬきを常に 持っておく必要がある。「党」に対し国民の不満を向けさせないための最も良い方法 が、このスケープゴート的存在が必要なのだ。その一つが「日 本」への「反日意識」の「潜在的な存在」である。過去いろいろな場面においてこれが利用された 事実がある。また、もう一つこのガスぬきに「中華思想」「中華ナショナリズム」が使われる。漢民族は特に「ヒステリック」そして「全体主義的思想」になり やすいある意味で は危険な思想特性を持つので、大いにこれを利用するのに都合がよい、と「中国共産党」は考えているふしが垣間見える。この思想特性に関 しては聞いてみると、他の各国の留学生がほとんど共通して感じている。





  中国の抗日施設はあちこちに有り、今だに国民の頭の中に「抗日」の記憶を刷り込まれている。 教科書教育での「抗日」とあいまって、日本や日本人に対する心の根深いところに持つ「深層心理」において、「反日」や「日本への反感」や「日本人への反感」が、表面の「中日友好」とは裏腹に内在する要因になっ ている。何かをきっかけにすぐ「反日」が「突発」するのは、まったく不思議 ではない

  それは当然の事と言える。中国人漢民族は、良 い事にも、悪い事にも、嬉しい事にも、悲しい事にも、喜怒哀楽が極端に「ヒステリック」なほど激しい。そのため日本の各種の援助 など、時には生命の 救出や事故対応の援助などには、急激に 「日中友好」がそれこそ極端に 増大する事も有るだろう。しかしそのような「中国人漢民族の特性」を充 分理解し、それに日本人独特の欠点「お人良し」で惑わされてはけっしていけない。 彼らの特性をしっかり理解する必要がある。それは「反日感情」と常に背中合わせであ るという事だ。





  日本軍の残虐な殺りく場面を書いた絵が展示され、「撮影禁止」になって いた。外国人観光客はほぼ皆無な地域だが、ここ「白洋淀」は水郷とハスの花が有名で、ここ「白 洋淀雁翎隊記念館」は中国人の観光客はあちこちから参観に訪れる。







 


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