ジィジィの旅と山行

        

中国の山旅(2)

最終更新日 : 2017年4月9日

中国の山旅(3)

九眼楼長城>    登山日:2008年11月21日(金曜)

  
                        九眼楼                        今回最大の難所 20メートル垂直登攀部有する岩峰(最上部に楼閣鎮座)

  
  懐柔区の箭扣長城の北側に位置する長城ではあ り、反対側の延慶区の 四海鎮の近くにある。北京からだと「徳勝門」から延慶まで一時間半、乗り換え四海鎮まで一時間なので、観光客は比較的に少ない。が、四海鎮の東南9キロに 有り、隠れ長城的な知る人には知られた所である。延慶11時20分発925路支線1を四海で下車し、Y字路のバス停から バスは左の道を珍珠泉の方に行く。 右の道から川を渡ると四海鎮政府の前には、的車の面包がだいたい停車中。九眼楼の方面の「石窑」までは20元。シーズンが終り九眼楼の発券所には人がおら ず、フリーパスで「ラッキー!」。午後一時半、途中の二股を右に九眼楼までは約一時間で着く。楼閣はかなり大きく、この 名の通り楼眼が数多く有する。「司 馬台長城」より155M海抜が高い、「火焰山」主峰の上にあって1141Mある。
  九眼楼からはコースを南にとって、ガレ場と化した長城の残骸を足場に、眼下に見えるコル上の楼閣まで、いっきに下り 降りる。コル上にはいくつかの楼閣 の残骸が連なり登りに入る。登りに入るとガレ場状では無くなり、くねくると両側にレンガ積みがしっかり残り、草木の生い茂った長城の登り下りが続く。もう 二時半だ、日も短いし時間的には余裕は無いし、この辺まで約一時間を要した。大きな岩峰の楼跡を越えると、更に先に鋭い 切っ先の持つ楼閣跡が見え、その先 に更に巨大な岩峰が聳え立っていて、最上部のはるか上に楼閣が見えている。ここがこのコースの最大の難所であった。巨大な岩峰は巻き路は無くて、垂直にそ そり立っている。へつりや若干のハング部も有するが、20メートルの垂直岩場部をフリクションでいっきに登り、楼閣に到 着。最高の眺めが遠望できる。先に は更に巨大な山上に向かって楼閣長城がそそり立っており、日の短いこの季節、途中の下山ルートに策をめぐらす。すでに3時半を回りつつある。山上に向かう 最初の楼閣は、先が塞がれており、巻き路ルートも見つからない。どうも先が行けないような感じである。ならば下山ルート が有るはずなので、探索に入る。二 つ手前の朽ち果てた楼閣跡の壁の割抜部に踏跡を発見し、ガレたレンガ上の踏跡の先にさらに下に下る踏跡が続いていた。その踏跡は方向的には箭扣長城の登山 口がある、西柵子の北部の方に向かっている。けっきょく、その道は西柵子の北側にせり出した尾根の北側を東に走って、尾 根をぐるっと南に巻いて西柵子側に 出てきた。午後四時、見覚えのある西柵子の農家院の村々が目に入った。九眼楼長城から箭扣長城への縦走が出来てうれしい。「やった〜!」

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万里 の長城を歩く(6)

  箭扣長城>    登山日:2008年11月9日(日曜)
 

  過去に歩いた「野長城」の中でも、コースの堅固さ、岩場登攀の難易度、草木や樹木の自然さ、コース距離の長さ、など では最も魅力ある「野長城」と言っ て良い ところだと思われる。今回は、様子見のために行って来たが、その結果、全コースで約6,7時間か、それより必要かもしれない。予約無用の「農家院」もある ようなので、一泊を考慮して「次回は全コース歩いてみたい」との気持ちが湧いてきた。楽しみである。

  

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万里 の長城を歩く(5)

  八達嶺残長城>    登山日:2008年11月6日(木曜)
   

  八達嶺のそばに位置する長城ではあるが、ほとん ど観光客は皆無で、 北京でも観光地化した長城を嫌い、人の少ない長城を見たい人たちが来る所の様である。行った時も年配者の単独者、数人のグループ、カップルがほとんどで あった。入場料は学生券が25元。発券所の有る入り口から登り口までは、林道をゆっくり歩いて20分、西尾根の先端まで は1時間あれば充分にたどり着け る。はがしたレンガの跡は痛々しく残り、以前はきれいに樹木や雑草に覆われていたのであろう。「自然のままの方が良いのに!」と悔やまれてならない。

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万里 の長城を歩く(4)

 <黄崖関(天津)    登山日:2008年11月1日(土曜)
  

  「黄崖関」は北京と天津との境目近くの天津市に入る。したがって天津からの観光ツアー客が多い。人の手で修理がされ 過ぎ、特に西側の最先端部には自然 のままの面影は残っていない。天津市の代表的な長城観光箇所になってはいるが、規模は北京の「八達嶺」や「慕田峪」に比べれば問題にならないくらい小さ い。入場料は50元。



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万里 の長城を歩く(3)

  <黄花城, 撞道口長城    登山日:2008年10月31日(金曜)
   

  黄花城で下車して「黄花城」は北方向(前方)に行くが、「撞道口長城」はバスの折り返し点を左に入り、しばらく道成 りにまっすぐ行くと道をくだり、川 沿いの道に出る。その道を川沿いに、更に村の中を進むと先に川を渡る橋に行き当たるが、橋の手前を川沿いに上流の方へ細い道成りに、民家の間や果樹林の畑 を登って行く。果樹林畑の上の方に、朽ち果てた長城の楼閣の入り口が確認され、そこから長城の上に出られ踏み跡のルート が確認される。この踏み跡をたどる と、人の手で修理がされた「黄花城」に沢筋の箇所を境として続いているが、「黄花城」側はたいしたことはない。「黄花城」側の出口は民家のやっている店の 横になっている。逆のコースを辿ろうとすると、食べ物の店の入り口にもなっているので判り難い。

 

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中国 大学生登山グル一プと山行を共にする(2)

 <黄草梁>    登山日:2008年10月25日(土曜)〜26日(日曜)




  「黄草梁」は北京の最高峰「東霊山」2303mのすぐ東側に鎮座する「京西大渓谷」を抱える標高1737mの山であ る。我々「野人帮」のパーティは、 一日目は清水鎮側から入り、「黄草梁」の南西側から「京西大渓谷」を登り「黄草梁」直下の草原状の台地に天幕を張る。登山口からは4時間ほどの行程であっ た。幕営地へ到着後、空身で「黄草梁」の頂上を往復する。草原状の台地は風が吹きっ曝しで雪が所々に残る、幕営地として は良い条件では無かった。渓谷の沢 沿いは水はまったく流れていなく、水場はこの山全体が期待出来ないので、水の携帯は不可欠である。携帯した水も氷点下まで低下した状況から、全て翌朝には 凍結してしまっていた。
  翌朝は西側後方に白い雪の頂く「東霊山」を望める草原台地を南東側に向かい、突き当たった渓谷の急斜面を巻いて、廊 下状の狭い踏み跡をたどりつつ下 る。樹林帯は落ち葉でまったく踏み跡は確認しずらく、数人の軽登山靴以外はメンバーの半数以上は運動靴で、それでもいつも中国人は平気で歩いている。かな り岩がごろごろした急な登山道でも、中国人は平気なようすで街中で履く靴や運動靴で歩くのを、今までにも何度もあちこち で見ている。じつにびっくりしてし まう。そのため、日本なら登山者しか来ないだろうと思われる、このような登山道にも、一般の旅行客が平気で入山して来るのを、どう理解したらよいのだろう か。途中、下山コースを探すのに時間をとられ、渓谷中腹にあった一軒屋の農家でクルミをもらって食べたりして、約五時間 でチャーターのマイクロバスの待つ 齋堂鎮奥の村に下山できた。コースは異なるものの、数人のパーティに何組も行き会ったので、登山愛好家に、ここは北京では一般的なところの感じがした。



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再び秋の紅葉を見に出かける

 <司馬台長城 (2)>    登山日:2008年1 0月11日(土 曜)


  司馬台長城に行くのは、今回で三回目であるが、北京オリンピック以降、空気の汚染がだいぶ良くなったよう で、晴天に加え空気が澄み渡り、きれいに遠く まで望める。いままでは晴れていても靄がかかったようだった。テレキャビンも週末で秋りシーズンなので動いており、バツグンのながめが楽しめた。これを 使って登り、歩いて下るのが時間的にも速く、東側の尾根だけ であれば三時間もあれば、 ゆっくり見ることが出来る。
  司馬台のシンボル的存在で、絵葉書などにある「望京楼」は、いくつもの長城楼閣のずっと手前で、立ち入り禁 止柵があり、見ることは叶わない。今回もシーズンなので人の出は多かった。多かったと言っても「八達嶺」や「慕 天峪」と比べれば、写真のように人がまったく居なくなる時も あるような、閑散としている。テレキャビンも列を作り並ぶ必要もない。
  バスでの大量の観光ツアーも少ないが、ここ「司馬台長城」は序々に外国人にも知られて来て、欧米の外国人が 比較的多くなって来ている。そのうち、「八達嶺」や「慕天峪」のように、観光ツアー客でごった返さないか心配な とろである。いつまでも、いまの程度の 人出であってほしい。



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最終更新日 : 2008年12月20日

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