ジィジィ道楽中国もろもろ




最終更新日 : 2006年9月29日
中国の秋葉系や留学情報を掲載

回想版 中国留学日記


2006年7月7日〜2006年9月18日
2006年9月24日〜2006年10月17日
2006年10月20日〜2006年11月15日
2006年11月19日〜2006年12月7日
2006年12月10日〜2007年1月22日
アー カイブ(UP中)1991年4月26日〜1999年3月28日

'06年 9月18日

  北京に来てからは常々万歩計を付けて歩き、1万歩以上歩くように努めていたが、バスで座っ た時かどこかでそれを落としてしまった。展示会の時の販促品 でもらった品でちょっと気に入っていたのだが。残念!。
  残念な事がもうひとつ出来た。くるまの運転のための遠視用の眼がねも落としてしまった。遠くを見るのに不自 由なので、学校のスーパーにある眼がねコー ナーで作ってもらった。視力など日本と同じような機械で計測した。昼ご飯のあとに行ったのだが夕方には出来上がるという。まあまあの枠も含めてたったの 120元(日本円で約1795円)で
助かった。貧困留学での不用意な出費が少なくて済んだ。
  近くの煎じ薬材販売している「葯鋪」に行って「薄荷」を買う。100g/2元(30円)日本でだと
100g/5乃至600円もするのだ。この 「薄荷」は便秘などでお腹にガスがたまった時には、ばつぐんの効果があり煎じて飲む。日本で 売っている物は葉っぱだけのが多く、効きは悪く、中国のは茎の部分も全て含まれ、効果は特に良い。ほんとうに助 かる一品だ。
  くすりの話が出たついでに、葛根湯も常備薬にしている。日本では「カゼの薬」として一般販売できるように なったのは10年ほど前からの事で、本来は病 院での処方薬で「ツムラ」から顆粒のが使われたのが最初だと記憶している。ジィジィは18年ほど前からだったと思うが、
漢方 医者から効果を聞き「漢方医学書」を買い込み、用法と効果を知って「 処方」してもらい 使い出した。空腹時にお湯でくっと飲むと、カゼの予防や体のコントロールの正常化にバツグンな 効果を発揮する。今回も携帯して来て週に一回から十日に一回一包だけ飲む。しかしこれも熱の出たカゼにはまったく効かない。カゼは治ったがなんだか微妙に 引きが悪いときにも結構な効果がある。そんな時、例えば夕方食後六時ごろ西洋カゼ薬を飲み、次の朝の七時にまた 食後飲むような時には、中間の夜中12時過ぎの空腹時にこの「葛根湯」 を飲んだりしている。スカッと体調が良くなるのがはやい。今回は滞在日数から計算し21包入り のを一箱持ってきた。

この時の北京での中国元との交換レート は、1 元= 14.96円で

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'06年 9月16日

  今週は課本(教科書)をくばられ老師(先生)も決まった。「総合」8時間/週、「口語」 6時間/週 、「閲読」 4時間/週 、「听力」 4時間/週 、の4課目で、授業は8:00〜9:50、中間の休憩をはさみ、10:10〜12:00まで。 下后(午後)は授業は無い。しかし「予習」、「復習」はレベルに着いて行くには必要で、「作業」(宿題)も出されるので、おちおちしていられない。「 听力 」は特にこの数年ほとんど勉強できる環境になかったので、レベルがかなり落ちている実感をも つ。読みも判っても「四声」がかなり不正確になっており、自分でもがっかりしてしまう。文章の流れの中での 「四声」の発声の時より、「生詞」(単語)が単体になった時の 「四声」の発声が最悪になっている。
  「互 学習」の張り紙を見て電話してみた。相手も「日本語」を勉強したいという希望だ。18日の月曜 日から始める約束をした。少しでも話す時間や聞く時間を長くする必要性を感じている。雑踏の中での 听力 」も上げる必要もある。静かな中できれいな発声のだけを聞いていても、実用的にはこまる事も多 い。
  この月末の30日から建国の記念日「国慶節」になり、10月8日の日曜まで9日間の「黄金 星期」連休に入る。どこに行くにも「火車票」が買うには大変で、自分での切符単体は無理に近いそうだ。割高になるが「旅行社」のツアーに参加する方が確実 だとのこと。乗車日の4日前から発売の「外国人」対象の優先窓口に、ためしに行ってみる事も考えた。上海の友人 から「来られないのか?」との電話も入る。
  1991年に学んだ「語言大学(旧学院)」に
課本の 「CD」などの有無をちょっと確認に行った。「320路」では人民大学の次のバス停の 「海淀黄庄北」で乗り換えて、 「307路」に乗って行くのが便利だ。乗り換え無しで直接行けるバスのルートもあるがちょっと高くつく。 語言大学の南側の「成府路」 は以前の倍の広さになっている。門から中は民族大とちがってほとんど変わっていない。なつかし い見覚えのある建物が、きれいに手直しはしてあるが、確かにそこに有った。雑然と踏み荒らされていた、庭地など も植え込みがきれいに整えられてある。「円 明園」の一部かと思わせる庭園も造られている。以前からの建物のいくつもは、壊さず内部構造や内装の改装中だ。新規に大きく建てられたのはわずかなので、 記憶の中にある「 語言学院 」が容易に思い浮かべられる。オープンテラスで喫茶団欒を寛ぐ年配の欧米の白人黒人雑多な人種 の中を、縫うように通り過ぎ書籍購買所に行った。
  なつかしい「留学生食堂」で食事をし、
テラスサイトで「エスプレッソ」の大を注文する。その店の子と雑談をしながら 「エスプレッソ」をすする。「不要!」砂糖もミルクも入れず飲んでいるのでじっと見ている。パ イプに火をつけると自分のように煙が気まぐれに流れてゆく。めずらしそうに 店の子の目がそれを追っていた。
  金曜日の晩は漢語進修留学生の「交流宴会」を宿舎一階のフロアーでやった。実ににぎやかで主催を企画した 「韓国学生」と「日本人学生」の幹事達が、一 生懸命盛り上げた。あちこちで「乾杯」の声が上がり、写真を撮り合うフラッシュが光る。盛り上がりの雰囲気は最高に達する。10元の会費が1000元くら いに膨れ上がるような熱気はものすごく、言葉では伝えられないその熱気に囲まれ若返えりさせられる。外は音楽が 流れて噴水とライトアップで建物がきれいに 浮かび上がっている。



民族大学正門正門の広場にある吹き上がる 噴水とライトアップされた校内前景

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'06年 9月13日

   月曜日からは毎日朝からにぎやかだった。日曜日あたりから、地方から出て来た新入学生が、朝北 京到着の夜 行に乗ってやって来た 新入学生でごった返しているのだ。集団就職のようにバスを貸しきり団体で上京する学生、両親が 付き 添ってくる学生様々だ。「新入生歓迎」の横断幕が張られ、「学生会」は生活用品の露天を出し、それらを両親が露天をまわり、又は構内スーパーに行き買い与 えている。 両親達は入学手続きなどすべて一段落すると、北京見物して故郷にお土産を買って、子供への期待 と 心配を抱えて帰って行くことになる。 ウイグル語や新疆の言葉、雲南や広州その他南方の言葉が飛び交 い、まったく理解不能の路上の列の中をぬうように教室に向かった。
  留学生は
留学生 で、国際色豊かで、はちきれたような若い子達が、これまたにぎやかの中に 授業が始まる。欧米や中央アジア系の若者の話す中国語も奇妙だが、その若者達と話せて意思が通じ合えるという自分もまた奇妙だ。フランスや米国やタイなど の 学生の 半分以上は、華僑や他アジア系を流れに持っている。その話はまた機会があったら書いてみよう。
  さて、買い物ついでに
関村」の電気街の様子を見てきたのでそれを書こう。 関村」は中国の「シリコンバレー」として日本でも知られるようになったが、1990年代にはゴ チャゴチャした所で、当時ジィジィはよく本を買いにきたり、書画の材料を買い込みに来た。今はコンピュータ,通 信や 電子電気 系の大きなビルが林立している。その一つのビ ルに入ってみると、小さな区画の数え切れない「秋葉原電気街」がそこにはあった。まるで 「秋葉原」のその中を部品や価格をのぞきながらうろついた。いつものように。
  ノート型パソコンなどはちょっと前の型だったりして、でもちょっと高いのもかなり高いのもある。しかしパソ コン部品となると
「秋葉原」より 安めも目立つ。フラッシュメモリ系はかなり安い。1GBや2GBものが数多く並んでいるので、 ちょっとびっくりした。 MP3のプレーヤーでもメモリがそのくらいのが、すてても良いような値段で売っていた。「Bluetooth」のUSBユニットも並んでいる。次回の買い 物のため に 聞き取った 値段を メモ した。

フラッシュメモリ価格 :  SunDisk等の例  日本国内価格(価格COM '06.9.15 時点安値情報)
MiniSD 512MB 96〜120元 (1417〜1771円)/日本国内(3540円) 1.0GB 180〜230元 (2657〜3395円)/日本国内(5747円)

2.0GB 345元(5120 円)/日本国内(5880円)

SD 1.0GB 160元(2362 円)/日本国内(5280円) 2.0GB 340元(5020 円)/日本国内(9580円)
USB
メモリ
256MB 90元(1329 円)/日本国内(1200円) 1.0GB 190元(2805 円)/日本国内(5800円)

2.0GB 420元(6200 円)/日本国内(13780円)


この時の北京での中国元との交換レート は、1 元= 14.84円で

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'06年 9月10日

   中国で 生活していると、まだまだ改善する必要の感じる事が多い。きのう銀行で「換銭」しようと思い、 学校向かいの「中国銀行」に行った。入るとすぐ入り口の取番ボタンを押し順番を待つ。40分経ってもまったく番号が進んで行かない。ちょうど「同学」の女 性の留学生がやって来て、すぐ両替して帰って行く。彼女の番号はジィジィの十番ちょっと早い。一時間以上前に来 て「順番表」を取り食事をゆっくりして来た のだと言う。なるほど半年前から「民大」に来ているだけあって、よく心得ている。以前はこの辺には両替可能な銀行は少なく、近くのホテルで両替していたの で、両替は早くこんな待ったような経験が無い。よい経験になった。
  テレビの番組では、中国国内での庶民生活での問題が頻繁に放送されている。交通事故で亡くなって家族が保証 の受けられない問題から、買った商品の問題 で例えば1袋に4枚入っているはずの「海苔」が3枚しか入ってない事が多い問題とか取り上げる。酔っ払いにやられたり物を盗られたとか色々だ。辺地の孤児 を招き北京 の「老百姓(一般庶民)」の援助でホームステイする様子や、庶民の苦労や困難を取り上げる「涙物番組」はテレビ番組の定番のようだ。
これらバラエティ 番組を 見ている 参加者やゲストなどの涙をさそっていた。
  そんな番組がある一方で、一般庶民が買い物する場所では定価などの表示は未だに無い所も多い。社会性の意識 など「庶民意識」としては、売り手と買い手 の「値段」の掛け合いで買う市場のような所も多くそこでは、「損を した」「得をした」の状態が今も続き相手を信用する「信用売買」は存在しない。価格表示が有るのは今でも大きな デパート
くらいだ。ジィジィのよく行く「旧貨市場(骨董市場)」なら、これもまた楽しくて良いのだが。
  久しぶりに来てみると中国生活の隅々に変化を感じる。以前に使った「月票(定期券)」も郊 外路線以外の路線は、 月25元(約370円)の 「月票」を持っていれば、どの路線でも何回乗り降りしてもフリーで乗れた。現在は 月45元(約670円)に値上がりしたし、「月票尢効(無効)」と表示された「公共汽車(バ ス)」 には乗れない。今は 「月票」にとって替わる市政交通の「市卡通」というプリペードカードが主流で使用されている。 どっちもどこでも買えるものでなく、バスセンターなどに出向かないと買えないし、 「月票」は現在も写真を提出して張付けてもらう必要がある。薄いシート状になったので 「市卡通」の裏に貼り付けて使うように作成する。 「市卡通」は、カード代が20元(約300円)、それに自分の使う程度の金額を自由に設定して 金額(使用する人の使用頻度で30元だったり50 元だったり )を支払う。
  バスは乗車口に「単一票制」と表示された1元(約15円)の単一価格や、「二元起价」と表示し2元(
約30円 )から積算する価格、「分段設」 と表示し1元から乗る程度で積算するバスなどがある。 「単一票制」では乗った時だけ カードをリーダーにかざし「ピッ」とチェックするが、積算制の場合には乗った時と降りる時に二 度チェックする。
  以前に走っていた「小
公共汽車(ミニ型乗合バス) 」も姿を消し、値段の高い空調の快速バス路線の増加にも驚く。さっそく買って来たバス路線地図 を頭に叩き込 む必要が出てきた。

中国価格/価値感覚指南
この時の北京での中国元との交換レート は、1 元= 14.85円であ

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'06年 9月8日

  きのう分班試験をやり今日は班分けと 開学式があった 分班試験の 筆記 は150問程度の数の、単語の読みと、ピンインを書く試験だった。ちょっとだけ書いて早々に出 て行く学生と、かなり判って書け早い学生と、思い出しながら時間がかかり出て行く学生と様々だった。
  開学式には80人の留学生が参加した。式の内容は英語、日本語、韓国語の順に通訳され、ロシア語圏の学生に は理解は難しそうだった。国際 色は豊かで、まるで15年前に学んだ事のある「語言大学(旧学院)
」のようだ。日本人が最も多く22人、米国13人、次に韓国人11人、カザフスタン 7人 、タイ6 、フランス9 、ロシア 4人 、モンゴル2 、その他 (タジク,ウズベク,スイス,英国,ドイツ,トルコなど)6人。旧ソ連系からが多く来ている。
  急に涼しさを一気に通り越し寒くなって来た。長袖の着るものを買いにでかける。道々には、 もう焼き芋屋がリヤカーを出している。風が ほこりを舞い上げ冷たくなって来た。雨が降らないかと思っていたら、今朝は夜に雨が降ったよう で、外に出ると路面が濡れてて青空になっている。長袖を着て外出する。国立図書館の前にあるオリンピックホテル の裏に商品市場があったはずだ。行ってみる とホテルは無くなったが市場はあった。「天成商品市場」と言い小間物雑貨から衣服や靴など日用品が手に入る。もともとスケートリンクだったところみたいな 丸屋根構造で、びっちり小さな店が蜂の巣の中みたいなところだ。
   例の「 打嚊 」を相談しに 「発公室」に行って先生に話してみた 。もう部屋は無く調整も出来ないということだった。教職員用の「家族楼」ならなん とかなるといい、「見に行きますか?」と言う。部屋にもどり「 同房 」に 打嚊 」の事を知らせ、上向きじゃなく横向きに寝ることを「アドバイス」した。その晩、横向きに注意 して 同房 」が寝たらなんと幸運にも、ほとんど問題なく 打嚊 」は 止まっていた。



開学式のようす
北京中央民族大学の漢語進修生の留学情報

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'06年 9月6日

  夕べは遅く寝たが朝4時半に起床。H/P用の入力と回線接続を試みるが、部屋の電話が内線 シス テムなので、うまく行かない。色々とカードを試してみる。 タジキスタンの 同房 の青年は、ジィジィが朝食に行き、返って来て時計の針が9時を回っても起きない。昼に部屋に 帰ってきたら、下の階の人に「部屋を交換してほしいと担当に相談された」とのこと。下の部屋は年配者と青年の「 同房 」のようだ。若い人同士の方が良いと言う。「じゃ今晩一晩試して見よう」という事になった。こ んどは、その年配のタイ国人と 「 同房 」だ。「なかなか今回は決まる迄に時間がかかり安定しない」。47才の銀行員で タイ人 だが華僑の三世のようで中国名を持っていた。しかしレベルはそこそこだが英語は通じない。
  夜中にやっぱり起きた、さっきからやっと一時間半経った。「大打嚊睡不着」で寝着けない。寝始めた時から予 想してたが、かなりすごい大虎だ。きっと年 の差で交換してほしいのではなくて、これが本当の理由かもしれない。よく有る話だ。・・・ねむい・・・!・・・実にねむいが・・・・・・!!
  時計の針は7日の1時を回り、もう2時近い。エレベーターホールの喫煙コーナーで、パイプをふかしていると アジア系の「美国人(米
国人 )」の青年と話をする。アメリカ東海岸から来たと言う、静かな雰囲気の好青年だ。中国語を二年 学んでいるとの事で華僑のようす。今日は同じ分班試験を受けるそうで、立ち話をしてしまった。朝8時から10時 迄の筆記試験と、午後は14時から17時迄 の口答試験が有る。来週の月曜日11日からは、本格的に授業が始まる予定だ。



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'06年 9月5日

  北京師範大の 「燕京号同房」Fdさんが、約束した時間に夕方民族大にやって来た。人民大学の対面の「当代市 城」まで、 「中関村南路」の沿道沿いの変化に驚きつつ散歩をする。 「当代市城」は表面は変わらなかったが、中は店内の感じ商品の高級さは七年前以上であった。中 には日本では見られない高級な品々もあり、珍しいので日本への「みやげ物」にしたい物も多い。茶器などは変に観 光客用に、北京市内のみやげ物を売っている のより高級だ。それでも物の質のわりに値段は安い。「 流離廠 」「西単」「王府井」「東単」「友誼商店」「大柵欗」あたりは有名だが、ありふれた 「みやげ物」風でない、高級で日本にない珍しい 「みやげ物」をと考えれば一見の場所で、 「当代市城」を発見した当時から留学生に紹介している。
  その足で「332路」のバスで北京大学近くにあった「図書城」のあたりが、今どんな風に変わったか見に行 く。
・・・・?・・・??ムッ・・ムムッ・・  北 上していたバスが左折する、つまり西に向きを変えるあたりの様子が変だ。なんと広〜い「環状四号線
」があり、それと立体交差し更に平行に走り出した。あわてて次の停留所で下車したが北京大学の 正門 がその道沿いには無かった。つまり、そのさらに北側に 北京大学の正門のある旧道「海淀路」は有るようだ。すでにバスの走る通りでは無くなっていた。 あのあた りの「焼きいも」をほうばりながら歩いた古い町並みは、跡形も無くなくなっていた。 狭いが新緑の美しかった 今は 「中関村南路」と呼ばれる旧「白石橋路」の並木道と言い、雑然とはして いたがその辺りの雰囲気と言い「ほんとに変わってしまった!」の一言。北京に来る魅力だったのに。
  気を取り直し、
「図書城」などを探す。 「環状四号線 」を越え南側に渡って見ると「有った〜っ!!」。記憶したあたりに、 新しくなった 中関村 図書 大厦 」の建物と、 工事の真っ最中の 海淀 図書城 」を見つけた。 中関村 図書 大厦 」で 地図を色々と列車の最新時刻表を買い込んだ。
  「全国鉄路旅客列車時刻表」A5版10元(148円)、「中国通
旅遊 地図 A5版18元(266円) 、「北京公交乗車指南地図 」B5版15元(222円)、「北京生活地図」細長A/B5変形版 25元(369円)、「北京周辺交通旅遊様図」 13元(192円)、 「北京交通 旅遊様 図」 10元(148円)、「天津市地図」 6元(89円) 、しめて97元 (1432円)だった。日本だったらこの中の一冊しか買えないだろう。
    ちょっと重いこれらを持ち、途中で食事をとり、すでに暗くなった「 海淀大街 」を東方向の 「中関村南路」に もどり 、Fdさんと分かれ 「332路」のバスで宿舎に着いたのは21時だった。今度はタジキスタンの21才の青年が「 同房 」でやって来た。今迄1年半ウルムチで中国語を勉強し、今度は北京に移り勉強するため飛行機で 今しがた到着したとのこと。お互いねむかったが夜中12時過ぎまで話し込んだ。



中央民族大学の正門の全景
この時の北京での中国元との交換レート は、1 元= 14.76円で

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'06年 9月4日

  列車で偶然に再会したジイジイ達は、駅門口での呼び込みを無視しつつ通りの向側へ渡る。 通りではなかなか 出租汽車 が止まってくれない。彼はこっち側では乗車拒否で止まらないと思い、あきらめて駅側で待とうと しているので、「いや、乗せるやつもいるよ」と言い引き止める。案の定、客を降ろす「 出租汽車 」が来た。その方がメーターを事前に上げられる心配がないので、都合が良 いのだ。こういう場所ではタクシーは 「客降ろし 出租汽車 」に限る。駅に近いので待っていればきっと居るはずだから。
  ふたりで相乗りし、まず彼の行く北京師範大に向かう。タクシーは三環路に入る。運転手との話では運転暦はそ う長くない。一日十時間半の仕事で、
疲れて 家に帰り「クーッ」とビールを飲むのだと言う。「同房」と後日連絡の約束をして彼を降ろした。 ちょうど20元(約300円)の距離で、予想外の安さと近さに内心びっくりした。
  運転手はジィジィの目的地「中央民族大学」のあたりは「不認識だ」と言う。「
認識?」と聞い て来た。「 認識 」とは言っては見たが、ちょっと不安がよぎった。案の定、その予感が的中した。なんとその辺の 変わり様に戸惑ってしまった。「山屋」の方向感覚の「感」で、表側の変化は激しいが、裏の方はそう変化が少ない と思い「こっちだこっちだ」と、民大の西門 (裏 門)に向かわせあっさり到着した。 56元( 約830円 )。回り道した関係あっても少々で済んだ。タクシーを降りその先の、泊まる場所と窓口が構内の どこにあるのか?構内は暗いし大きい建物が 林立して、まったく面影が少なくて判らない。例の重いトランクをころがし、通る人や建物の警備員に聞きつつやっと到着した。結局、大通り側つまり以前は 「白石橋路」と呼ばれ、現在は「中関村南路」と言うが、その正門(東門)の側まで0.8キロ近く歩いて来てし まった。なるほど、きのうは疲れたわけだ。
  きょうの月曜日は、さっそく銀行に行き両替と、銀行に口座を開設する。多額の両替で膨れた 「人 民元」で宿泊費用と学費を払い入寮入学手続きを済ませれば一安心だ。カザフスタンの17才の青年が「 同房 」にやって来たが、他に空き部屋も有るようで「年寄りとの 同房は、いやなのか? 」すぐ移室してしまった。
  以前から 知り合いのT老師(先生)との再会をする。共に夕食をとりながら
「携帯電話」の話をすると、さっそく 「行きましょう」と言う。日本語は話せないが、こんな時には助かる。いっしょに「携帯電話」の 安いお店に連れて行ってもらい購入した。機能は少ないが 398元 ,日本円で約5900円程度。カラー表示やカメラ機能の付いたの等では、800元や1300元 する機種もある。 中国のシステムは複雑で、その他に 「電話番号」 代と 携帯の中の電池部分に入れるIC「神州行カード」50元分 を含んで130元(約1930円)。 今後50元分使い切った後は 「神州行カード」50元/100元/200元などを交換する必要がある。更に「IP電話カー ド」(100元分のが30元,日本円で約445円)と充値カード50元 ,日本円で約740円 (中国移動用)とで、やっと普通に使用可能になった。安くつながるように、かける時は 桁 数が多く 複雑。新規に相手の電話番号を入力する場合には、 「神州行 カード では 5桁のコード番号を先に打ち込 む。「IP電話カード」を使う時には 「カード番号」18桁乃至10桁と「密碼(パスワード)6桁」を打ち込む必要があり、かける方 は大変だ。安くかける為に室内電話から日本へも大変で、先に外線につなぐ「201カード」の4 桁,「カード番号12 」+#, 「密碼6桁」 +#,国別アクセス番号 「6桁」 , 「コールID10桁」 +#, 「密碼6桁」 +#, 「日本の電話番号9桁」 +#、で「全56 桁」打ち込んでやっとつながる。
      川柳一句・・・・  「携帯電話 、買っては見たが、桁(ケータイ)はずれ 」 ・・・



夜の ライトアップされた留学生宿舎とクラッ シック等の音楽に合わせ出方が躍動的に変化する 噴水
以 前の 留学生宿舎の5号楼の場所に新しく建った中国学生の宿舎と外国留学生教室のある新 5号楼。そして後に見えるのが巨大な東西 双層構造の新教学楼
この時の北京での中国元との交換レート は、1 元= 14.85円で

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'06年 9月3日

  2泊3日の船旅は、あっと言う間だ。外洋に出ると1等Aの泊まった部屋は、船の前寄りで初 めは少々の上下動はあったが、2日の朝には凪ぎの状態となり、ずっと快適に航行した。天津には予定時刻の中国時間午後2時に接岸。船は検 疫他 の手続きで下船待ちが50分程で長く感じる。デッキから岸壁を見下ろす乗客は鈴なりに、未だか未だかと待っている。海関での入国審査を無事に通過すると、 出口に は呼び込みの出租汽車(タクシー)やら小公共汽車(小型乗合バス)の呼び込み攻勢が激しい。 特に小公共汽車は 天津新港と 天津駅間は20元(約300円)と安い。何んたって、 天津新港と列車の 最寄り 駅の「 塘沽」は離れており、天津市内には 1時間以上かかり 更に 遠い。特に今の季節は夏場で、海側から帰る車、市内全域に広がる開発化計画での道 路工事での車渋滞や、工事車両の増加と重なり、相当の時間を要する状態なのだから。ジィジィはと言えば、道路渋滞で迎えが遅れた友人の車で 天津まで高速道路10元に乗る。 友人宅で食事をご馳走になり、事前に買っておいてもらった特快554次19時20分発の指定に 運 良く座れ た。出発ホームまで友人と奥さんに見送られる。手伝ってもらい トランク荷物を運ぶ ホームは大変な混雑で、偶然にもそこで「燕京号」での同房人に再会し、同じ列車に乗る事になっ た。何とした偶然か。すでに2時間以上前の先に港を発っ た人達で「先に北京に着いたかな?」と思っていた。私と同じ金額の40元ではあるが席無し券だった。夕食も未だとの事。「北京に帰ってから食べるように」 とみやげに持ってた水餃子をすすめる。北京駅には 約 1時間20分で 到着する。さすが 特快だ。2時間や3時間かけて走る列車もある。駅通路の床は凸凹しており重くて大きなトランク を転がすのは難儀な事だ。・・・(・・・・宿舎に到着しこの文を書いているが!疲れた。!ねむいので、・・・ 続きは後日に書くことにする。)



神戸港出航を待つ「 燕京号 」と、瀬戸大橋の下を通過中の燕京号

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'06年 9月1日

  昨日、新横浜から、初めて乗る500系のぞみの、300Kmに揺られ新神戸に着く。横浜で はチケットショップで800円程安く切符を買えた。ホテルま で重 い大 きなトランクを転がしチェックインする。 グリーンヒルホテル3900円也。 日本最後の晩であり、三宮で久しぶりに関西風のパリッとした感覚のウナギを食べたくなった。三 宮東急ハンズ近くのウナギ屋「青葉」に入る。「櫃まぶし」は 関東風では、蒸した ウナギの ベタ付きで美味く無い。せっかく 関西に来たのだからと、それをたのむ。 櫃まぶしは「 関西風」 に限る。2300円也 のパリッとが、出発の気分をも「 パリッ 」とさせた。
  けさは雨もやみ、どう言うわけか
4時には目がさめた。 早起きついでに、 昨晩 「青葉」からの帰りに見えた「三宮神社」にお参りしする。
  さあ出発だ。ホテルの対面でタクシーを拾って走らせポートターミナルまで820円也。発券と乗船手続きを済 まし、通関を無事通り乗船した。1675便 「燕京号」。帰りのチケットは1年間のオープンだ。
「燕京号」での食事は朝食は無料だが、昼や夜食には「日本円」が必要。料理は一皿 300〜400円、米版とスープは各50円。安いのはビールで、250cc缶150 円、350cc缶と中瓶は250円だった。時間営業の喫茶でのコーヒーは450円也で「我慢」 して乗船中は一杯だけ。実に「しみったれ」た旅に徹する。
  朝は雨上がりだったが、出航後の好天気でユッタリの瀬戸内海は実にのんびりだ。瀬戸大橋を夕方に通過し家と の携帯電話が通じる。 夜の11時半前には関門海峡の橋を通過してしまった。
携帯電話で 岸側の 友達と 連絡を取り合いながら、 ライトの点滅で確認し合う学生のグループも見られる。22時終了の風呂にも気付くのが 遅れ 入れず就寝と相成った。



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'06年 7月15日

  「早期退職」年齢から定年の60歳ま では無収入。失業保険だけ。60歳に 成っても私の年齢では63歳までは国 民年金の基礎部分だけしか支給 されない。全額支給されるのは 64歳の誕生日来てから以降になり、相当の生活費の節約が必要となる。 厳しい生活が予想され、家内に苦労を掛けることになる。
  「北京留学」で今後を考え る時間と機会を「日本で係る食 費分」差の節約分で作ろうとも 思った。 月三万円程度浮かせられば半年6ケ月なら20万近くの留学費用のいくらかが出る。 そしてビザの来るのを待った。
   
留学ビザがおりた。出航当日朝の出国と乗船手続きは、東京からでは時間的な余裕もなく、アクシデント回避のためにも、 新神戸または三宮での前泊をすることにする。「楽天トラベル」のネットで格安のをホテル予約する



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'06年 7月7日

  定年をあと一年を残すだけになり起こった事。それは会社から言われた「早期退職募集」 。「早期退職手当支給」で百数拾人の「早 期退職者」を募集すると言う。 会社も「企業年金制度」の返上話も出て、周りの社員の空気も切羽詰まった状況。孫を育てる関係で フレックス制をフルに使う勤務状況以降、一線の仕事からも干されてる現状。考えた結果、「早期退職」に応募する事を決め、 心機一転、やって来た中国語の勉強しつつ、考える時間を作ろうと思った。
  
そして来た。留学先大学からの 留学許可証(録取通知書)と招聘状JW202( 中国国家民族事務委員会国際司印入りの 外国留学人員来華登 証申請表)がおりた。さっそくビザ申請を行い渡 航の準備を行う。航空運賃はシーズンでもあって高いので、以前にも利用したことのある「燕京号」で行く 事にし予約を行う。 留学許可証が有るので学生割引となる。神戸港発、天津行き、1等A往復オープン ¥36,000 +燃料油調整金(往復)¥2,000=¥38,000 である。乗船券の入手乗船時には「 留学許可証 (コピー)」の提示が求められる。



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最終更新日 : 2006年9月29日



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